なんJ 高校野球まとめ速報

現役高校球児、甲子園で活躍したプロが中心です

    花巻東

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    1: 名無し 2018/05/29(火) 16:37:33.23 ID:CAP_USER9
     大谷が幼少期を過ごした岩手県奥州市水沢は現在、ちょっとしたパニック状態に陥っているという。

     母校の教員は「連日マスコミ各社から電話が殺到して困っているんですよ。ご覧のとおり、ここは山と川と田んぼしかない。そんな田舎から世界で
    活躍するスターが誕生したことは光栄なんですが……」と驚きを隠せない。

     そんな大谷の全国デビューは高校時代。当時のチームメイトに大谷評を聞いた。

    「すべてがすごかったけど、いちばん印象に残っているのが打球の飛距離。

     選抜出場がかかった高2の秋季大会準決勝での一発です。9回裏1点ビハインドのなかでの打球は、ライトポールのちょうど真上に。しかも
    ポール2本ぶんくらいの高さまで飛んでいった。

     結局ファウルの判定でうちは負けたんですが、あんな打球、プロでも見たことがありませんでした」(皆川清司氏)

     チームメイトの佐々木毅氏も打撃のすごさを認めつつ、お茶目な一面を紹介。

    「とにかくちょっかいを出すことが好きなんです。しかも先輩、同級生関係ない。ことに同学年の小原大樹はいじられキャラだったせいか、
    つねにやられていましたね。そんな人懐っこい性格も、みんなからかわいがられた一因だったと思います」

     小原氏は同じ投手として鎬を削った。

    「3学年上の菊池雄星さんの影響を受けてか、高1のときから『卒業後はメジャーでやりたい』という意思が強かったと思う。性格はとにかく負けず嫌い。
    私と一緒にダッシュメニューをこなすとき、私が勝つたびに『もう一本』と、勝つまでやめませんから(笑)。

     うちは男女共学でしたが、翔平が1年からレギュラーだったことをみんな知っていましたから、なんとなく男子生徒は気を遣っていた。
    でも女子生徒からは校内を歩くたび、キャーキャーと歓声が上がり、かなりの人気者でした」

     メジャーでも “二刀流”を体現する大谷だが、同級生の共通認識は、今も変わらず「高校時代の大谷翔平」だということだ。

    「当時の仲間の多くは都内近郊に出ているんですが、翔平が試合で近くに来ると、焼き肉などをご馳走してくれます。その際、脂分の少ない部位を
    選んだり、アルコールはいっさい飲まずにウーロン茶ばかり注文してます。会食後は真っすぐホテルに戻っていきますよ」(小原氏)

    (週刊FLASH 2018年5月8・15日合併号)

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180529-00010003-flash-peo

    【高校時代の同級生が語る「大谷翔平」校内を歩くたび歓声が 】の続きを読む

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    文武両道を究める。グラウンドでも机の前でも、花巻東・大巻は常に全力だ。目指すは公式戦ベンチ入りと、1年秋に担任から勧められて決意した東大合格。「人と違ったことをするからこそ価値がある」。厳しい道を乗り越えていく覚悟を示した。

     高校進学時、県内屈指の進学校の盛岡一も狙えたが、「野球がやりたい、甲子園に行きたいと考えた」と花巻東を選んだ。現在も学内テストは常に上位。平日は授業終了後、午後4時から練習に参加し、自主練習や洗濯などを経て、勉強できるのは午後11時の点呼後となる。遠征時も移動のバス車内で英単語帳を反復して読むなど、「勉強の量では負けるので、質で勝てるようにしたい」と時間を無駄にしない。

     “特別扱い”も拒んだ。スタッフ陣からは他の選手より先にメニューをこなして練習を切り上げ、勉強時間を確保する提案もあったが、大巻は「チームはみんなで作っていくものだと思う」と固辞した。佐々木洋監督(42)は「彼の夢をお手伝いするのも監督の役目」と、エンゼルス・大谷翔平投手(23)にもしなかった1人部屋を割り当て、勉強に集中できる環境を整えている。

     頑張りを評価され、3月のセンバツでは開会式のプラカード役を任された。大巻は「あれだけお客さんがいる中で歩いたのは初めて。堂々と歩くことだけを心掛けた」と笑顔で振り返った。今度は選手として甲子園に立ち、一つ目の夢をかなえ、次の夢へとつなげていく。

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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180410-00000275-sph-base

    【花巻東・大巻、東大合格に集中】の続きを読む

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    1: 名無し 2018/02/10(土) 02:33:49.19 ID:H6EtFesD0
    なお、

    【世間「花巻東は田舎の純朴な少年たちが切磋琢磨して都会の強豪校に食らいつく素敵な野球部」 】の続きを読む

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    岩手・花巻東高の1年生だったとき、夏の全国高校野球選手権岩手大会での背番号が17番だった。実は花巻東高にとって、17番は少し特別な番号になっている。

     「左投手なら16番とか、私の勝手なイメージがあったんです。17番は、将来エースにと期待する投手につけさせていました」と花巻東高の佐々木洋監督(42)は明かす。伝統が確立したのは2007年。当時1年生の菊池雄星(26、現・西武)が17番だった。夏の甲子園で147キロの直球を投げ、観客席がどよめいた。

     菊池にあこがれて花巻東高に進んだ大谷以降も、「エース候補=17」は脈々と続き、近年では16年に広島入りした高橋樹也(20)が2年生の夏に17番をつけていた。この秋、東北大会準優勝に貢献した西舘勇陽投手(1年)も17番だ。

     偶然か、必然か。大谷は特に意味はない、としながら、こうも言った。「僕が新たな気持ちで、ここでがんばっていくときに、17にしようかなと思った」。17番で、初心に帰る

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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171210-00000053-asahi-spo

    【大谷の背番号17は花巻東時代に最初に背負った番号だった】の続きを読む

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    1: 名無し 2017/10/21(土) 11:54:59.25 ID:FxVB4Svz0
    どっか取るんか?

    【花巻東の千葉翔太って今年ドラフト候補だよな? 】の続きを読む